松本 らくらく創造企業

大野が二階に上がって行き、俺もシャワーを浴びる為、バスルームに向かう。

脱衣所には、小さめの洗面台と洗濯機が置いてある。

洗濯機の上に着替えを置き、バスルームに入って行く。

青いタイルのバスルームは古く、小さな風呂とシャワーがあるだけ。

新居予定のマンションとはえらい違いだ。

俺はシャワーを手にする。

シャワーを出そうと蛇口に手を掛け、首を傾げる。

「あれ？」

いくら捻ってもシャワーが出ない。

「どうして？」

何度も蛇口を捻る。

思いっきり捻ったり、逆に回したり。

それでもシャワーは、うんともすんとも言ってくれない。

俺のやり方がまずいのか？

バスルーム内をグルッと見て回る。

そういった但し書きはなさそうだ。

この暑さの中、シャワーなしでは耐えられない。

仕方なく、バスタオルを腰に巻き、食堂の方に向かって叫ぶ。

「すみません！すみませ～んっ！シャワーが出ないんですけど！」

大野でも二宮でも来てくれれば……。

しかし、耳を澄ましても、階段の音は聞こえてこない。

どうするべきか……。

シャワーを浴びずに寝る？

俺には無理だ。

これだけ汗を掻いて、シャワーなしで寝るなんて。

じゃ、どうする？

シャワーを見つめ、もう一度蛇口を捻ってみる。

やはりシャワーからは一滴も水は出ない。

……困った。

腰に手を当て、シャワーを見つめる。

「なんで出ないんだよ！」

シャワーヘッドを叩いてみる。

出るようになるわけない。

次に蛇口も叩いてみる。

…………。

何の変化もない。

仕方なく、肩を落とし、バスルームを出ようとした時、

入口に立つ大野に気付いた。

「どうした？」

「大野さん……、シャワーが……。」

シャワーを指さし、訴える。

あれ？階段の音、した……？

シャワーに夢中で気づかなかったのか？

大野がズカズカとバスルームに入って行く。

蛇口を捻り、出ないのを確認し、洗面所で剥き出しの配管のノズルを調べる。

また、バスルームに戻り、もう一度蛇口を捻る。

「出ねぇな。」

「出ないって……。」

「俺ん時は出たんだが……。」

大野が、ポリポリと頭を掻く。

「工具があれば、外して中も見れるから、明日見てみるよ。」

「明日～っ！！」

明日までこの汗臭いまま？

「仕方ねぇだろ？出ないんだから。

　古い建物なんだ。そういうこともある。」

「あるって……、今すぐ不動産屋に電話すれば！」

俺は大野を押しやろうとして、逆に、強い力で引き戻される。

「待て。今何時だと思ってんだ。」

「何時だろうと、直す義務があるだろ！」

俺の声が大きくなる。

どう考えても、明日直るまでこのままなんて、耐えられない！

「黙れ！無理だ。」

「わかんないだろ？」

「無理だ！」

「無理かどうか電話してみなけりゃわから……。」

ドンッと強い力で壁に抑え込まれる。

シャワーヘッドが左上に見える。

目の前で、大野の顔が、キッと俺を睨む。

「騒ぐな。近所迷惑だ。」

「そんなこと知るか！

　明日も一日中、臭いままでいろって方が無理だ！」

勢いの止まらない俺に、大野の顔が近づいてくる。

「黙れ。」

「黙れるか！電話して、何がなんでも来て……んっ！」

喋り続ける俺の口を、大野の唇が塞ぐ。

俺の方が若干背が高いはずなのに、壁を背にしているせいで、大野の顔の方が少し上にある。

黒く艶やかな肌が電球の明りで揺れる。

柔らかな唇が開く。

ゾクッとして、同時に、ドンと壁を叩いた。

シャワーがいきなり吹き出す。

シャーと言う音と冷たい水が、大野の前髪を撫で、俺の顔を濡らす。

大野の舌が、俺の舌を探る。

俺の舌が、大野の舌に絡む。

シャワーの音に酔うように、大野の唇が動く。

俺の顔も動く。

冷たい水に濡れたまま、絡む舌に夢中になっていく。

ダメだ。

俺が受け入れる男は、潤だけだ！

潤だけのはずだ！

ドンッと両手で大野の胸を押す。

やっと離れる唇。

俺と大野の間をシャワーの雨が壁を作る。

「すまねぇな。女の口の塞ぎ方しか知らないもんで。」

俺の顔がカァーッと熱くなる。

「だから帰れって言ったんだ。

　お坊ちゃまにここの生活は無理だ。」

「お坊ちゃんって……。」

「おまえ、松本の知り合いだろ？

　美咲を……殺した。」

「潤はやってない！」

「どうしてそう言える？」

「潤がやるわけないんだ……、潤はそんな男じゃない！」

「ふん、惚れたか？その男に？」

俺はグッと言葉を飲み込む。

こんな男に教えてやる必要はない。

俺と潤の関係は……そんな下衆なもんじゃない。

「帰って松本に言っとけ。美咲を……殺したやつをぜってぇ、俺は許さねぇ。

　弄んだやつもな？」

……まさか、大野と柴山美咲には何か関係が……？

……恋人？