無能なスピリチュアルカウンセラーが正月をダメにする
もっと正月になる
私が夫を騙していた、とホラを吹いた
義妹は、そう言えば、私と夫の離婚が
決定的になり、義母が上海にいる次男
一家に電話
して、荒れた(と思われ
る)時、なんと、わざわざ上海
から
台北に義母を見舞うため帰って来た。
うん、確かに記憶している。
〝ホラ吹き事件〟はもっとのちの事だ
けど、当時、義妹の迅速な行動
に
私はきな臭さを感じたものだ。
〝デキル嫁〟をアピールする気満々な
何か、計算高さを………
本当に義妹が、義母を案じ、不憫に
思っての行動なら、ごめんなさい
だけど、ふだんは3人の子持ちゆえ
倹約して、せいぜい旧正月と夏休み
くらいしか台湾に里帰りしない彼女
がなぁ〜
どうも不自然というか、わざとらし
かった。
今日6月14日、こちらは爽やかな陽気に。
正午頃、ダック
と散歩に。
肌寒かった朝…… ポカポカしてきて春のよう。
台湾の地元の役所に、元夫と離婚届
を提出に行ったのが2012年6月27日。
まもなく丸6年が経つ。
今でこそ、様々な経緯があって、動
揺や不安は消えたが、最初の数年ほ
どは、元夫と2人暮らしになり、蔡家
の人間として事実上生きることとなっ
た次女が私をどう見るのか
、感じ
るのか、大変怖かった。
当然のこと、元夫は実家や身内の前
で私を罵り、悪く言う
次女が言うには、元義母も一緒にな
ってけなしている。
これまで書いてきたように、彼は自
分が正しい、と疑わないツワモノで
ある。
〝離婚は100%一方が悪いことは
有り得ない〟
と経験として考え、私も至らない面
があった
と今なおこぼす私と同じ
土俵に上がった相手ではない。
★なぜ妻がうつ病を患うまでに至ったか。
★なぜ妻はだんだん自分を愛さなくな
って行ったのか……
なんていう過程を解明しようとする
タイプではないのだ
「君に離婚歴があることは、娘たち
には黙っていようと思うんだ」
と殊勝な事を言っていたものの、夫
婦仲が悪化してきたある日、彼は私
が以前パパ以外の男の人の奥さんだ
ったんだよ、と話している。まだ、
小学校
に上がったばかりの娘たち
に
旧正月など、上海の親戚たちが帰っ
て来て、一家団欒の際などは、気が
重かった。
きっと私が如何に悪者だったか、
との話題で盛り上がる宴が浮かんで
仕方なかった。
昨日はコガネムシくんがアジサイさんに
いるところを撮れたけど、今日はオレンジ色
のてんとう虫
くん見っけー
幼い次女には酷だったが、
「叔父さんや叔母さんたちも、ママ
のこと言ってた
」
と聞かずにはいられなかった。
聞いてどうなるものではないのに…
それは多分、誰一人として私の、
つまり、次女にとっては母親
を
かばう人、助言する人間がいない
環境にしかいない事態が恐ろしか
ったのだと思う。
「おばあちゃんやパパ
や叔母さん
たちが、ママを悪く言ってるのを
聞いて、メイはどう思うの?」
私は戦々恐々と何度となく尋ねた。
次女は子どもだし、台北の家
で
起こった事をママのために隠す、と
まで思い至らない。目にしたまま、
耳にしたままを、私に尋ねられるが
ままに答える。
そして、それと同等に、本心を答え
てくれる
「台湾のおうちの人がママは悪い
人
みたいに話してるの聞いて
メイはどう思うの?」
これも幾度としてしまった質問だ。
そのたび、次女は、
「別に……。」
とか、
「何とも思わないよ。」
と関心なさげに答えた。
この繰り返しを経て、私はようやく
安堵できた。
元夫の最も近しい人たちが私をどう
形容して、判断しても、次女さえ私
を〝母親〟として信じ、信頼してく
れたら言うことはなかった
わが家のもうひと株のアジサイさん
美しい紫と薄ワイン
色♡
元夫の親族は、元義母宅に定期的に
帰って来る人たちだけではもちろん
ない。
元義母にも、亡くなった元義父にも
きょうだいはいる。
その人々との関わり合いは、離婚
直後と現在で変化したものも、しな
いものもある。
そして、台湾は変わりなく母国のよ
うな土地である。
それはまた後日………